「勇者ハルヒコと胃癌の城」 #10 「人生初の手術」

いよいよ手術当日。病院で初めての夜は中々眠れなかった。
手術は16時過ぎからの予定だ。3番目なので前の患者さんの状態次第で前後するらしい。
朝からお昼までにこいつを4本飲むことになっている。

IMG_8644

「ここまでくればもうまな板の上の鯉だな。」
不思議と手術に対する恐怖感や不安はほとんど感じなかった。
それより問題なのはオムツだ。
いや最も恐れているのは尿道へ管を入れられてしまうことだ。
管を抜くときにはとても痛いらしい。お手柔らかにお願いしたい。
手術は2時間くらいの予定だ。
今回は胃癌の摘出する手術ではなく抗ガン剤を入れるためのポートと呼ばれる
装置を2か所体内に埋め込むための手術だ。
つまり手術が終わっても癌は体の中に残ったままなのである。
手術が終わってからが本当の癌治療のスタートなのだ。
身体が抗がん剤にどこまで耐えられるのか?
癌細胞が消えてくれるまで長期戦になるかもしれない。
これから受けるのは高度先進医療という特別な治療で、臨床試験を兼ねている。
東大を中心として全国でいくつかの病院がこの臨床試験に参加している。
しかし、臨床試験には各病院で決められた枠があるために、治療を希望するすべての人が
この治療法を受けられるわけではない。
私の場合、主治医が夜に連絡してくれたおかげで最後の1枠に滑り込みで申し込むことができた。
ツイテル!

臨床試験と言ってもすでに安全性の確認試験や治療効果があるかどうかの試験は行われているので
今回は新しい治療法が従来行われている標準治療より効果があるというデータを集めるためのものである。
残念ながらこれまでは腹膜播種に対しては有効な治療がないとされていた。
それでも抗がん剤の組み合わせにより少しは明るい兆しが見えてきた。
うまくいけばこの治療法が標準治療として多くの患者さんの命を救うことになったり、延命を図ることが
できるようになるかもしれない。
まるでモルモットではないかと思う人がいるかもしれない。
しかし、現状で有効な治療法がないという状況の中では多少のリスクを負ってでも
わずかな可能性にかけてみようと思うのは極めて当たり前の選択肢だと思う。

まだ自分では実感がわかないのか死に対する恐怖感が不思議と湧いてこない。
実は今回の臨床試験のこれまでの結果では数字的には生存年数がわずか1年延長するだけなのである。
もちろん、自分ではもっと生きられると勝手に思っている。
それは自然緩解するイメージが頭にしっかり浮かんでいるからだ。
楽観的なO型でよかった。

12時からは絶飲食になった。
今日は雲一つない絶好の手術日和。
手術の前にお決まりの同意書にサインの儀式。
予定より早く14時に手術をすることになった。
家族は14時までに来てくださいと言われていたのだが間に合わないかもしれない。
生食の点滴が始まり手術室へと移動することに。
ここで衝撃の事実が・・・・
ドラマのようにストレッチャーに乗せられて手術室に入るのではないのか!
自分でとぼとぼと歩いて手術室まで移動するのだ。
途中で妹がかろうじて手術室前の廊下に到着。
バイバイと手を振りながら手術室へと向かった。
それにしても手術室のフロアが広い。
手術室はなんと10室もあるらしい。器具の滅菌も大変だろうな。
手術室はとても暖房が効いていた。
身体の幅ぎりぎりの狭いベッドに横になった。
すっぽりと布を掛けられて裸になると手際よく麻酔医の先生が麻酔の準備をしている。
主治医の先生によろしくお願いしますと伝えた。
しばらくの間この人に命を預けるのだ。
すぐに眠くなりますよと麻酔薬ケタミンが注入されることを聞いた。
大学の研修医時代に研究用の犬の手術でよく使っていた薬だ。
5秒と経たないうちに私は眠りについた。

名前を呼ばれた。
すぐに気が付いて目が覚めた。
手術は無事に終わったのだな。手術中の記憶は全くない。
それにしても全身麻酔って切れがいいなあ。
こんなにもすぐに効いて、覚醒するのか。
酸素マスクをしている。体中のあちこちに管が入ってる。
あ、尿道にもとうとう管が入ってしまっているようだ。
我慢できるほどではあるが鈍い痛みが身体のあちこちに。
へその穴から内視鏡を入れて器具を入れるために腹部に3か所の穴をあけている。
さらに胸にも1か所切開した跡がある。
人生初めての手術は意外とあっけなく終わった。
今夜は回復室で過ごすことになるらしい。
回復室はナースステーションに一番近い部屋だ。
今日手術を受けた患者さんが4人ほど運ばれていた。
深夜まで隣のベッドのおばあさんが5分おきくらいにナースコールを押している。
看護師さんも大変だ。それでも文句ひとつ言わず献身的に処置を行っている。
私も酸素マスクを外すとすぐに酸素分圧が下がってしまうので一晩中つけておくことに。
もちろん私は眠れるはずもなく・・・・2日続けての徹夜状態。
これは体力がないと大変だ。

「勇者ハルヒコと胃癌の城」 #9 「人生初の入院」

入院当日。
実家の家族に協力してもらって大量の荷物とともに病院に向かった。
まずは事務的な手続きをおこなうのだが、意外とすんなりと終わった。
それではいよいよ病室へと向かった。
私が入院するのは外科の病棟で7階にある。
ここはヤフオクドームの隣にある病院で海側は博多湾が見える。
なによりも外の景色が見えるだけで心が癒される気分になる。

IMG_8636

部屋は4人部屋だ。すべてすっぽりとカーテンで仕切られているのでプライバシーは
守られるかな。
でも物音は遮断されないか。仕方ないよね。
有料のテレビがひとつ。そしてテレビ台には引き出しや荷物が置ける
スペースが付属しており、思ったよりコンパクトに荷物がまとまった。。
かさばる着替えやバスタオルなどはカバンの中に押し込んだ。

IMG_8632

手術後は回復室に移動するので、明日になるとベッドや荷物ごと
部屋を引越しになるらしい。そして状態がよくなればまた一般病室に戻されるようだ。
荷物の整理が終わると担当の看護師さんが紹介された。

IMG_8954

「あ、3人も担当なんですね♪」と思ったが、すぐに採血が始まった。
続いておへその清掃。内視鏡をへその部分から入れて手術を行うので
事前にオイルで汚れを拭きとるのだそうだ。
看護師さんから「綺麗なおへそですね。」とお褒めの言葉を
いただき少々照れくさかった。
手術前日なので説明事項も多く、同意書が何枚も必要だった。
この日だけで10枚くらいサインをしたんじゃないだろうか?
麻酔医のかわいい女医さん(研修医)の挨拶があり、ここでも
麻酔の同意書のサイン。本番で担当する先生も女医さんらしい。
明日はこの人達の前でおむつをはかなければならないのかと思うと
ちょっと情けない気分になる。
そしてなによりも一番嫌なのは手術そのものよりも尿道にカテーテルを
いれられることだ。これが男にとっては結構辛いらしい。

午後から明日の手術の説明を受けるために家族もみんな残って
いたのだが、約束の時間まではまだかなりあった。
一緒に病院の食堂で食事でもと思っていたが、看護師さんから
昼食もすでに用意してあると伝えてもらったので、私だけ一人入院患者用の
食堂でご飯を食べることになった。初めての入院食である。
記念にこれからすべての病院食の写真を撮っておこう。

IMG_8623

量は軽めだが、きちんと調理されていて味はなかなか美味しい方だと思った。
父親が別の病院で入院した時の食事はとても味が薄いうえに献立がむちゃくちゃで
とても食べる気にはならなかったと話していた。短期間の入院だったがいつも母親が作った
弁当ばかりを食べていた。
身体が動かせない人はベッドのところまでこのような車で配膳してくれている。
ちゃんと温かいごはんやおかずは温めていて、冷たいサラダやフルーツなどは冷やしてくれている。
これもおいしく食べるための細やかなサービス。

家族も同席して主治医から現在の病気の状態と明日の手術の説明があった。
主治医から胃がんの転移の状況が芳しくないことと、今回高度先進医療を
受けることになったいきさつ、治療方法の説明やリスクの説明など詳しい説明が
あった。胃がんが胃壁を突き破って腹膜に癌細胞が転移しており、大腸の一部にも
がんの転移を疑わせる所見が見つかった。
こういう場合、手術は行わずに抗がん剤の内服薬と点滴による抗がん剤投与を行うのが
一般的な標準治療らしい。しかし治療成績はまだまだ芳しくないため、高度先進医療として
腹膜にも抗がん剤を直接作用させる方法が考えられて臨床試験が行われている。
国内でも限られた施設でしか行うことができないうえ、臨床試験の枠が最後の1枠であった。
主治医の先生が時間外に携帯に電話してくれたおかげで駆け込みで運よく臨床試験に
参加することができた。
臨床試験では標準治療に加えてもう1種類抗がん剤を使うことになる。
全部で3種類の抗がん剤を使うので身体へのダメージも大きいと思うが、
「この方法がだめでも他にも治療法はあります。全力で治療します。」という主治医の
言葉を信頼してこの方法に託すことにした。
それでもかなり厳しい治療になることはわかっている。
でも覚悟は決まっているから迷いはない。

※同じ病気で苦しんでいる人のために東京大学病院腫瘍外科のhttp://square.umin.ac.jp/PACivip/index.html
というレポートがとてももわかりやすく書いてあるので紹介しておこう。
かなりグロテスクな画像もあるので苦手な方は閲覧しないほうがよいかもしれない。

明日の手術では腹膜に抗がん剤を入れるための腹腔ポートと、中心静脈に抗がん剤を
入れるためのポートを埋め込む手術を行うのだ。
ほとんどお方が見たことないと思う。これが腹腔ポートだ。(東大病院腫瘍外科のページより)
port
おへその穴から内視鏡を入れ、おなかに全部で3か所穴をあけるらしい。
胸のところにも1か所穴をあけてポートを埋め込むことになっている。
腹水が少し溜まっているようなので、ついでに腹水も抜いてもらうことになった。

夜景を見ながらの夕食。

IMG_8638

明日は手術なので夜12時からは絶食だ。
夜の間にこんなドリンク剤を2本飲むように指示があった。

IMG_8644

ポカリスエットみたいなものかな。水分と電解質補給のためらしい。
明日は手術までにさらに4本飲むことになるらしい。
病室で過ごす初めての夜。
暖房が効きすぎてなかなか眠れなかった。
一人でこっそりと自撮り棒の使い方の練習をしながら長い夜を過ごした。

IMG_8642

「勇者ハルヒコと胃癌の城」 #8 「入院前夜」

大腸検査でへろへろになって帰宅したが、翌日は入院なのだ。
ある程度必要な物はパッキングしていたのだが、着替え以外にも
洗面器や室内履きや本などかさばるものも多く荷物は膨れ上がった。
まるで海外旅行にでも行くのかというくらいの量になった。
手術の後しばらくは活字を追うのがきついという経験談も聞いた。
そういうわけで手塚治虫の「火の鳥」と「ブッダ」を読破すべく
全巻そろった中古本をアマゾンでポチっておいたのだ。
ついでに「自撮り棒」もポチっておいた。
きっとベッドの上では役に立つだろう。
スマホや携帯用音楽プレーヤーの充電用に電源確保用の
テーブルタップも必要だ。
さすがに荷物が多いのでiPadやkindleを持っていくのはあきらめた。
やれやれ。病室にこんなに荷物を置くスペースがあるのやら・・・

実は今回の入院で病気が完全に治癒するわけではない。
全身麻酔で抗がん剤を入れるための「ポート」と呼ばれる装置を
体内に2ヵ所埋め込む手術をして、その部分の傷が治るのを待ってから
抗がん剤投与を行う予定である。
それ以降は身体の調子を見ながら通院で抗がん剤治療を受けること
にしている。
今回入院するにあたって仕事を休むための段取りをするのが大変
だった。なんとか各方面の方の協力をいただきながら1ヶ月くらい」は
休んでも大丈夫なように手配をした。
できるだけ早く退院して仕事に復帰しなければいけないのだが、
術後の状況が悪かったり抗がん剤の副作用が強くて体調が悪く
なれば入院が長引くこともありうる。
仕事柄長期の休みは大変心苦しいし、経営的なダメージも大きい。
自分ひとりで何でもこなしてやってきたことが仇になってしまった。
退院したら自分が倒れてもクリニックが回るような仕事の仕組み
づくりをやらなきゃいけない。
それにしても自分がこんなに仕事人間であるとは!
退院したらこれも改めよう。

とにかくここまで毎日が忙しかったので手術に対する不安など
感じる間もなかった。
入院という人生初めてのイベントもまるで遠足に行くような気分だ。
おそらく2週間はバカンスを楽しむことになるな。
こんなに長期間仕事を休むのも初体験だ。
でもゆっくり羽を伸ばすことは無理だろうな。
入院前の最期の晩餐は大好物の「コロッケ」にしてもらった。

「勇者ハルヒコと胃癌の城」 #7 「大腸検査」

年も明けていよいよ入院日も決まった。
ただ、入院の前に大腸透視の検査を受けることになっていた。
それも入院の前日に。入院した翌日は手術の予定なので
これから数日はバタバタと忙しい。
今回2度も胃カメラを飲んだうえに、ついにお尻の穴も解禁と
なってしまうようだ。座薬入れるのも苦手なのに。トホホ。
検査前日は専用の検査食キットなるものを食べて腸をきれいに
空っぽにするそうだ。
今回病院の売店で購入したのはグリコが製造販売しているものだった。
おやつにビスコが付いているのが憎い。
検査食キット(エニマクリン)の内容を紹介しておこう。

朝食 和風粥(鮭入り) お吸い物 
昼食 かゆご飯 お豆腐ハンバーグ お味噌汁
おやつ ビスコ 粉末飲料(200mlの水に溶かして飲む)2種類
夕食 コーンスープ
これ以降は絶食。お値段1500円

夕食の後はこれでもかというくらいの量の下剤を飲み、さらに検査当日
の朝はダメ押しの下剤の座薬を二つ。
これで腸の中はすっからかんになるのである。

検査当日、下剤のおかげで激しいぜん道運動の腸と朝から格闘し、
すっかり精気を亡くした状態で病院へと向かった。
お腹は空っぽになったのだが不思議と空腹感はない。
手続きを済ませ、検査室へ向かった。
お腹の動きを止める注射を打ってもらい(これが筋注なので痛いのだ)
お尻の穴付近に糸が付いている紙製の検査パンツに履き替えた。
多分糸をひくと肛門周囲の部分に穴が開く構造になっているのだな。
その様子を想像するだけでちょっと憂鬱な気分に陥った。

準備が終わるとすぐに冷たい検査台の上に横になる。
検査台には手すりが付いている。バリウムを注入した後、
腸の壁に均等にバリウムがいきわたるようにジェットコースター
のように台が動くのだ。胃のバリウム検査の時にやったのと同じだ。
「始めますよ」と声がかかる。するするっとパンツの糸が引かれた。
恥ずかしいという気持ちよりも、とにかく早く終わって欲しいと
祈るしかなかった。
ケーブルの先がお尻の穴から入ってきた。さすがに異物感はあるが
想像していたよりもすんなりとはいっていった。
しかし次の瞬間予想もしないことが起きた。
「ケーブルが抜けないように風船を二つ作りますね。」
直腸付近に猛烈な違和感が襲う。膨らんでる膨らんでる。
腸の中の風船に空気が入っていく様子を想像しながら、なんとも
言えない違和感と格闘していた。
これは生まれて初めて味わう感覚だ。痛くはないが膨満感と中身を早く
出してしまいたいという思いに駆られる。
風船での固定が終わるや否や、今度は腸を膨らませるために
どんどん空気が注入されていった。
抵抗できない状態で便意に近いような感覚が襲ってくる。我慢。
ここは我慢するしかないのだ。
次に造影剤が注入される。
胃透視の時はバリウムを飲んだり発泡剤を飲んだりするのが
苦痛なわけだが今回はそういうことは必要ないのだ。
そういう意味では胃透視の時よりも楽なのかもしれない。
腸の中にバリウムが注入されるといよいよグラビア撮影会の始まりである。
バリウムが大腸の壁にうまく行き渡るように様々なポージングを取らなければいけない。
横になってみたり時には頭を下にしたり、言われるがままに
何度も体位を入れ替える。その都度検査台も右へ左へ上へ下へと
傾いたりするので身体が落ちないように手すりを持っておかなければ
ならない。
サービスショットなどふざけたポーズをとる余裕なんてない。
とにかく早く終わって欲しい。
撮影が終わった時にはジェットコースターが到着した時のような
感覚だった。
すぐにトイレに駆け込みバリウムを排出させる。さらに下剤をもらった。
ここの所下剤続きで腸はもうへロヘロである。
兎にも角にも人生初の大腸検査が終わった。
検査って体力消耗するなあ。

「勇者ハルヒコと胃癌の城」 #6 「闘病とは?」

癌宣告を受けたものの、全く実感がわかない。
入院することも、手術を受けることもまるで他人がすることのように
感じている自分がいる。
自分が置かれている状況が怖くて現実を見つめようとして
いないのだろうか?
そうではない。うまく説明できないけど。
とにかく胃は痛かったとはいえ、あまりにも唐突の癌宣告だった。
身体は全く普段通りぴんぴんしているだけに自分の頭の中でギャップを
埋めきれないでいる。
入院が決まってからは、入院中に休む仕事の段取りや関係先への連絡、そして家族への
病状説明、神社への参拝など、病気をする前よりむしろ忙しい毎日が続いた。

image

「ハルヒコよ。」 

「あっ!仏だ。相変わらず顔色悪いですね。」

「そのツッコミはもう聞きあきたわい。どうじゃ?癌になった気分は。」

「まだ自分が癌になったなんて信じられないんですよね。」

「無理もない。誰でもはじめはそういうものじゃ。」

「そろそろ癌と戦う気にはなったのか?」

「いえ。それが・・・病気と闘うという表現が自分の中ではしっくりこないんですよ。」

「なんじゃ。もう怖気づいたのか?そういうことならこのブログのタイトルも「ヘタレのハルヒコと胃癌の城」
に改名せんといかんな(笑)」

「確かに治療することで身体から癌細胞はなくなってほしいのですが、憎まれっ子にも存在価値
があるような気がするんですよね。
今回の場合は私の生き方に警鐘を与えてくれたことで癌細胞の役目は終わりましたから
そろそろお引き取りいただきたいとは思っています。
確かに癌細胞と私の身体が戦うという構図はわかりやすいのです。
でも、平和主義な私には【闘病】という言葉はどうしても違和感を感じます。
痛いのは嫌です。戦争も反対。
だから癌としっかり対話することで元の元気な身体に戻していこうと思います。」

「確かにそれもそうじゃな。ではじっくり癌と対話してみるがよい。ではまた会おう。」

image

私の場合、今回の一連の癌の治療による生活は「対癌生活」と呼ぶことに決めた。
そういえば石川啄木の短歌にこういうのがあった。

東海の小島の磯の白浜に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる

癌という英語「cancer」には「蟹」という意味がある。
これは乳がんの腫瘍が蟹の足のような広がりを見せたことから
ヒポクラテスが癌の病気に対して「蟹」と名付けた事に由来している。
私もしばらく「蟹」と戯れてみよう。

「勇者ハルヒコと胃癌の城」 #4 ダンジョン「大病院」2

時刻は午前10時を過ぎていた。これから血液検査と腹部レントゲン、
心電図、肺機能検査を行うことになった。
血液検査は受ける人が多くて混雑しているからと教えてもらったので、まずは血液検査の受付を済ませることにした。
待合室は大勢の患者さんであふれかえっていた。
なかにはストレッチャーで運ばれてくる患者さんもいた。
処置室を覗いてみると、中にはたくさんの看護師さんがいて粛々と
採血を行っていた。さながら野戦病院のようだ。
受付を済ませると看護師さんが教えてくれた。
「今日は患者さんが多くて今現在で120人待ちの状態で
1時間ほどお待ちいただくことになります。」

ハルヒコは5ポイントのダメージを受けた。

血液検査だけでこんなに待ち時間がかかるとは・・・・
しかしじっと待ってるのは時間の無駄なので受付だけを
済ませて他の検査を先に受けることにしてその場を離れた。
残りの検査はそれほど待たされることはなく順調に進んだ。
全ての検査が終わって血液検査会場に戻って順番を確認した。
それでもまだ40人待ちであった。

ハルヒコは1ポイントのダメージを受けた。

しばらく経ってようやく自分の順番が回ってきた。
椅子に座り促されるままに左手を差し出した。
チクリと針の痛みを感じると同時に採血管に赤ワインの色のような
血液がさーっと流れる。生きていることを実感する場面だ。
採血管に溜まっていく血液をぼんやりと見つめながら、ふと思った。
「これからいったい何回採血するのだろう」

血液監査の結果を待って再びい主治医の診察を受けることになる
しかし、ここでも絶望的な宣告を受けた。
なんと血液検査の結果が出るのにさらに1時間かかるらしい。

ハルヒコは空腹で倒れそうになった。

気力を振り絞ってその間に入院の手続きと説明を受けることにした。
治療や入院の同意書などの事務的な書類の説明を受けた後、
看護師さんから入院の説明を受けた。
書類に目を通すと持ってくる物のリストの中に『おむつ』2枚と
書いてあった。
「やっぱりおむつは必要なんですよね?」
「ええ、手術直後はおむつを付けていただきます。売店で
バラ売りもしてますよ♪」

ハルヒコは3ポイントのダメージを受けた。

どうやら久し振りのおむつの着用が確定のようである。
当時は紙おむつなんて便利な物はなかったから紙おむつ初体験だ。

血液検査も終わり再び主治医の診察室の部屋をノックしたのは
12時半を過ぎたころだった。
早朝から患者の列が絶えることはない。患者も大変だが先生も大変だ。
次回の精密検査についての説明を受け(しかも検査はクリスマスに)
さらに年明けの14日に大腸検査を受ける事になった。
CTも大腸検査も生まれて初めての経験である。
まだまだ胃癌の城への道のりはガンダーラのようにはるかに
遠いようだ。

「勇者ハルヒコと胃癌の城」 #3 ダンジョン『大病院』1

繰り返すが私は大病院が苦手である。
そんな私が胃の精密検査のため大病院を受診することになった。
大病院は巨大な迷路だから持っていくものも多いのだ。
保険証と紹介状。それに時間つぶしの時に読む小説。スマホの
予備バッテリーも必需品だ。小腹がすいた時に食べられるものをと
考えたのだが、病院内にコンビニもあることをチェックしたので
やめた。まるで遠足に行く前の晩のような気分だ。
そして大病院の朝は早い。私は早めに就寝して備えることにした。

診察当日、初診の受付は8時半からなのに8時に病院に
着いてしまった。「しまった。ちょっと早すぎたか・・・」
ところが中に入ると驚くことに職員の方が案内を始めていた。
ぞくぞくと患者さんが病院の中に流れ込んでくる。
「こんな朝っぱらから・・・」
その様子に戸惑いながら、職員の方の案内に従って初診の
手続きを始めることにした。
カルテが出来上がるのにそれほど時間はかからなかった。
8時半の受け付け開始時間の頃には院内はもうすでに患者さんで
あふれかえっていた。
「世の中にはこんなにたくさんの病気の人がいるんだ・・・」
医者らしからぬ感想で申し訳ない。

初診の手続きが完了し外科の診察室に行くように指示された。
ここまでは予想していたよりとてもスムーズな流れだ。
この調子なら早く帰れるのではないか?淡い期待を抱いた。
青や緑やピンクなどに色分けされた案内表示に従って迷路のような
外来を抜けていったがどの診療科も患者さんであふれかえっていた。
ようやく外科の待合室にたどり着くと、すでにここにもたくさんの
患者さんが待っていた。
その光景を見て淡い期待はすぐにしぼんでしまった。
「ああ、やっぱり半日はかかりそうだな。」
カルテを受付に渡すと看護師さんが丁寧に対応してくれた。
みんなとてもてきぱきと働いている。
これまで自分が持っていた大病院のイメージが一変した。
以前交通事故で首を傷めた時に通った某大病院では待たされるわ
ドクターが診療開始時間になっても現れないわ、スタッフの言葉遣いが
まずいわでとても不愉快な思いをしたのだ。
私の大病院嫌いはその時の体験によるものが大きい。

診察は9時から始まるのだが、それにしてもこの患者の数。
じっと待つしかない。ここからが持久戦の始まりである。
体力の消耗と空腹に耐えなければいけない。
周りを見渡すと当然ではあるが高齢者の方が多い。
ぼんやりと観察してみると実は待合室で待っている人の半分近くは
病人でないことが判った。付添いの家族の方が一緒に来ているのである。
確かにこの巨大な病院を一人ですいすいと移動して検査や診察を
受けるのは病気の高齢者の方には無理だと思う。
こんな迷路のような病院ではどこに行ったらいいのかわからなく
なって迷子になったり、話し相手がいないと心細い思いをするだろう。
具合が悪ければ迷路の途中で倒れて遭難しそうである。
近い将来は自動操縦の車いすに乗って診療室や検査室へと誘導される
ようになるのだろうか。

9時になると同時に受付にあるテレビモニターに数字がたくさん
並び始めた。順番が来ると「ボワーン」と音が鳴り待っている人に
注意を促す。
ここでは診療カードを受付の機械に通すとその日の受診番号が
決定する。
院内では名前ではなく番号で呼び出されるのだ。
個人情報保護法という厄介な物ができたころからこういう呼び方に
変わったしまった病院が多いと聞く。
しかし、これがモニターに番号が表示されても多くの方が自分の
順番に気が付かない。区役所などでもよくある光景だ。
そこで看護師さんが待合室に向かって呼び出しを行なう。
「905番の方~』
誰も席を立つ人はいない。
私も自分が呼ばれたのではないかと思って慌てて自分の受信番号を
確認してみる。やはり自分ではないようだ。
またまた看護師さんが呼び出しを行う。
「お名前で失礼します。○○さまー。905番の○○さまー」
「あ、はい―」
・・・・・こんな光景が何度も繰り返された。
これって元のやり方に戻した方が良いのではないだろうか?

先ほどまでは悲観していたが、意外とスムーズに自分の順番が来て、
紹介状に書いてある外来の一番偉い(?)先生の部屋に通された。
簡単な紹介が終わると「私もきちんと診させていただきますが、
これからはこちらの先生が担当になりますので。」と
主治医の先生にバトンがすぐに渡された。
これはよくあることである。
私も自分の患者さんを大病院に紹介する際には、外来長や
診療部長宛てにすることが大半だ。主治医は当然他の先生に
決まることが多い。これも医者の世界では常識である。
なので紹介状を書いてもらう際に『できるだけ偉い先生宛てに
書いてください。』とお願いするのは無駄なのである。

しばらく待合室で待ってようやく主治医の先生の診察の順番がきた。
いよいよ癌宣告か?
分かってはいるが一瞬緊張が走る。
ところが先生は開口一番、
「もうご存知なんでしょ?今日入院の手続きをして帰りますか?」

ハルヒコは9ポイントのダメージを受けた。

医療関係者同士だからなのか、えらくあっさりときたもんだ。
とりあえずこれで正式にご報告しなければ。

「やはり私は胃癌でした。(確定)」

最初のクリニックでの病理診断の結果を見て「あまりよくない
タイプの癌細胞です。」「胃は全摘になるかもしれないですよ。」

ハルヒコはじわりじわりと2ポイントのダメージを受けた。

全く自分では他人事のようにしか耳に入って来ない。
「はあ。そうですか。入院期間はどのくらいでしょうか・・・」
「まだ今の段階ではなんとも。今日は一般検査をして次回精密
検査をすることにしましょう。」

ハルヒコは4ポイントのダメージを受けた。

入院の前にまだ通院しなくちゃいけないのか。
「ちょっと仕事の段取りを付けますので」
私は慌てて仕事場に電話をして一番予約が少なかったクリスマスの
午前中の予約を全てキャンセルしてもらうように伝えた。
手術して入院となるとこれからの仕事の段取りが大変だ。
自分が胃癌になったということよりも、長期間仕事を休むことの方が
精神的に応えた。
それにしても私はこんなにも仕事人間だったのか・・・・
頭の中でいろんな考えが渦巻いている。
しかし非情にもダンジョン「大病院」での検査の旅は
強制的に始まってしまった。

「勇者ハルヒコと胃癌の城」 #2 仏降臨

ほぼ胃癌であろうと確信した私は治療法について調べてみた。
胃癌は早期発見だと治療成績もよいので切除したらほぼ完治する
だろう。早く見つかってよかった。
手術には開腹手術と腹腔鏡手術があるのか。
病巣が小さければ腹腔鏡手術で済むんだな。これなら回復も早いし
仕事への影響が少なそうだ。
本音を言えばできれば抗がん剤は使いたくない。でも効果があるならば
リスクを考えながら使った方が良いのかもしれない。
でも精密検査も受けてないし、まだ主治医も決まったわけではない。
それなのに自分では退院までの青写真を勝手に描いていた。

話は変わるが、私は大病院での診察も苦手だ。
何と言っても時間がかかりすぎるのが辛い。
私のような仕事だと半日休診せざるを得ないのだ。
これは経済的にも精神的にもかなりこたえる。
今度の通院日も患者さんとの予約の変更をお願いして
無理矢理ねん出した。

それに私は今まで入院というものを経験したことがない。
これまでの人生、骨折すらしたことがない健康優良オヤジなのだ。
入院となると当然仕事もできなくなるわけでホリデンも休診しなければ
ならない。患者さんにも迷惑がかかるし、経営的にも深刻な打撃だ。
身体はどうなる?生活はどうなる?
いろんな不安が渦巻くが、これがいけないのだ。
この病気にとってストレスは良くない。考え方を変えよう。
胃を切除したら痩せるだろうな。スリムな身体に戻れるだろうか?
入院中はたくさん本が読めそうだ。仕事を始めて以来長期の休みを
取ったことがないので、自分にとってはバカンスだな。

ストレスがかかると交感神経が優位になる。
逆に副交感神経を優位にするためにはリラックスが必要である。
私に今一番必要なのは副交感神優位の生活を送ること。
そっと目を閉じて深呼吸をすることにした。
深く吸ってゆっくり吐き出す。繰り返すと身体がリラックスしていく
のが分かる。
そういえば最近呼吸が浅かったかな?
痛みがある胃のあたりを触ってみる。
ひんやりと冷たい。
そういえば最近は自分の身体の声に耳を傾ける時間が少なく
なっていた気がする。もっと自分をいたわる気持ちがあれば・・・
酒もタバコもやらないが、毎日食べ過ぎだった。
その証拠に私のfacebookのタイムラインは食べ物の写真ばかりだ。
胃を酷使していたのは間違いない。しかし、それは様々なストレスを
解消するための代償。
根本的に病気を治すためにはこのストレスの原因をひとつずつ解決して
いかなければならないだろう。

呼吸が整ってくると眠たくなってきた。
遠くの方で誰かが呼んでいるような気がした。

image

「ハルヒコよ・・・」

「ん?あなたは誰?」

image

「仏(仏)じゃ」

「いやいや違うでしょ。顔色悪いし、髪の毛がパンチパーマじゃないし。」

「仕方がないのじゃ。手元にこれしかなかったのじゃよ。」

「嘘くさいなあ。」

「ハルヒコよ。姿かたちなんてどうでもよいのじゃ。
所詮肉体はこの世にいるときの魂の入れ物にすぎん。」

「ビジュアルも大事なような気もしますが・・」

「ま、このブログは低予算だから勘弁してくれ。よいか、ハルヒコ。
自分の人生を振り返ってみるがいい。今回の病気は今までの自分の
生き方に警鐘を与えてくれているのじゃよ。」

「確かにそうですね。人生曲がり角まで来ましたし。
今回は病気に感謝することにします。」

「わかればよい。しかし胃癌の城まではまだまだ遠い道のりじゃぞ。」

「はい。胃癌の城には「キャンサー」という魔物が住んでいると
耳にしています。私は魔物と戦うべきなのでしょうか?」

「きっと家族や友人たちも心配してキャンサーと闘うために色々な
治療法や養生法を提案してくれるであろう。
しかし、最後はお前自身が決めることじゃ。」

「そうですね。じっくり考えることにします。」

いつのまにか私は深い眠りに落ちていた。

「勇者ハルヒコと胃癌の城」#1 胃癌見つかる!?

はじめに
これから書き進めるブログはほりねこ院長の中の人である
『ハルヒコ』が胃癌のボスキャラ『キャンサー』を倒すまでの
お話です。
低予算なので出てくるキャラクターが博多弁でいうところの
『シャバイ』感じになるのはお許しください。
※どなたかブログに出演させてもいいキャラクターがいれば
喜んでお待ちしてます。手作りのスライムとか。
でも『ふなっしー待ってるなっしー。』
ブログの内容は95%は事実に基づいていますが、残りは作者の
妄想や創作が含まれていることをご了承のうえお読みください。
なお、治療内容や医学的な療法などに関する質問や指摘などには
一切お答えできません。

2ヶ月くらい前からお腹の張りを感じていた。
それがはっきりとした腹痛になり、だんだん胃の部分に痛みを感じる
ようになった。
日ごろからストレスを抱えているので単なる胃潰瘍だろうと思って
いたが、痛みが日に日に強くなってきているのでちゃんと検査
してもらおうと仕事場の近くの先生に診てもらうことにした。
「胃潰瘍ですね。念のために胃カメラを飲んでみましょう。」
やっぱりそうか。胃薬を飲んで治るんだったらカメラまで飲むのは
面倒だ(実は生まれてこのかた胃カメラの検査というものを受けたことが
なかったのだ。)と思ったのだがそろそろ人生も下り坂、この際きちんと
検査してもらおうと思い直し、人生初の胃カメラを飲む決断をした。
とりあえず胃薬を出してもらい、1週間後に胃カメラの検査の予約をした。
「ひょっとしたらすぐに薬が効いてカメラを飲まなくてもいいのかな」
などと淡い期待を抱いていた。

薬を飲み始めて1週間。胃の痛みは消えなかった。
仕方ないので私は胃カメラを受け入れることにした。
『痛くしないでね』
『大丈夫だよ。力を抜いてごらん』
『あ、太くてはいらない・・・』
このままでは冒険活劇のつもりで書いているブログが官能小説に
なってしまうので話を元に戻そう。
実際にカメラを入れる前に鼻の穴にゾンデを入れるのだが鼻腔が
狭くてはいりにくかった。
でも人生初めての胃カメラの挿入は予想していたよりも楽だった。
鼻からカメラを入れてもらったので吐き気もそれほど気になることは
なかった。
しかし、お腹に空気を入れられてカメラが胃の中をグリグリ回る感じは
なんとも形容し難い感覚だった。敢えて言うならばお腹の中に自分とは
別の生き物がうごめいているような感覚だった。
大きな獲物を生きたまま飲み込んだ時のヘビの気分と言えば
みなさんにも分かっていただけるだろうか?
カメラの管に細いクリップ付きのワイヤーを入れて潰瘍周囲の組織を
取って調べることになった。
小さなクリップで胃の病変部を挟んでちぎり取るのだ。
痛いのかなと思って身構えたが意外と痛くない。
ピロリ菌の検査用と細胞の病理診断用に2回ほど胃の粘膜をちぎって
もらった。
胃の中に金魚の水槽の水の消毒に使うような青い液体を注入して
観察したり貴重な体験だった。
検査時間は10分少々と短かったのだが、終わるとぐったりしてしまった。
でもめったにない経験なのでスタッフの方にお願いして
検査中に記念写真を撮ってもらうくらいの余裕はあった。

image

検査が終わって映像を見せてもらいながら病状の説明を受けた。
胃の中央部あたりに大きな潰瘍ができていた。
表面が赤くただれたようになっている。
医者としての経験から直観的に思った。
『これはアカンやつじゃん・・・』
でも先生は淡々と不安にさせないように話をしてくれている。
しかしここで決定的な一言が出た。
『でも念のために精密検査してもらいましょう。』
これもお医者さんの常套句だ。
自分も使ったことがあるからよくわかるのだ。
やっぱりそうなのか。そうでしょう。
これでほぼ確信した。

『私は胃癌である。(かもしれない)』

というわけで早とちりかもしれないが、なんの準備もなくハルヒコは
胃癌の城へと向かう冒険の権利を得た。
これは試練なのか?神様が与えてくれた休暇なのか?
それは自分の気持ちの持ちようなのだ。
私はこの冒険を人生を一度リセットするために必要な時間と
捉えることにした。
どんな冒険が待っているのか楽しみだ。
それでは出発するか・・・